1989年4月に撮ったビディオ映像がある。タイトルは「春風と松の木様」、親・子・孫といった様子で並んだ高幡不動尊裏山の松の木を、20分余り撮り続けただけのものだ。
松の木から少し離れたところに立て看板(現存)があった。1982年に日野市の教育委員会が立てたもので、松の木についての記述がある。内容を以下に略記する。
『標高120mの丘の東斜面には相当数のクロマツが繁茂していたが、風害や病虫害により大半が消滅した。現在も残る10数株のクロマツの古木は、遠くからもよく見える。東南面の1株は、幹の周囲3.92m、高さ25メートル、樹齢は350年以上と推定される。』
東南面の1株とは、私がビディオに映像として残したものだ。当時は何度も急斜面を登り古木に触れに行ったものである。徳川の時代、将軍が家光だった頃に芽生えた松、その長い年月を耐えた無骨な肌は、様々なことを私に教えてくれた。
その松の木が突然倒されたのは1997年のことだ。木が弱り倒れる危険があったのかもしれない。見慣れた風景にぽっかり穴が開いたような、落ち着かないような・・・暫くはそんな気持ちだった。
現在の写真(下)に写っているものは、切り倒された松の隣にあった1株、病害虫によるものか、弱々しくぽつんと立っている。
今でも私は、時折急斜面を登る。すっかり緑に覆われ、朽ちかけた松の切り株に会いに。時は着実に過ぎて行く。
掲載日付:2008/06/21